ずっと「格好いい本郷さん」を念頭に置いてるんですが、ちっとも……
どうして本郷さんは格好よくならないんだろう。
けど、格好よくなくても、力石は本郷さんが好きだよ。多分。
星を数えながら、薄暗い路地を歩いていた。
別にロマンチックな気分でいた訳じゃない。
ふと見上げた空で、異様に輝く星を見つけてしまったからだ。
ひとつだけ、やたらと大きく見える。
位置を変えても、目につく。
「あの星、なんだっけ……」
夜空に浮かぶ石を、星と名付けたのは誰なんだろう。
響きもいいし、見ていて、飽きない。
「知らなかったな。本郷さんにも教えてあげなくちゃ」
なんのつながりもないけれど、唐突に焼き鳥が食べたくなった。
今夜決めていた店を、あっさりと別の所に変える。
たまにはこういう夜があってもいい。
来た道を少し戻って、角を曲がった。
星はまだ見えている。
「……あ」
店に入った瞬間、足が止まってしまった。
見慣れた格好の男が、すっかり酔っ払っている。
「お? 力石か」
「やあ、こんばんは」
さすがに今夜は、会わないだろうと思っていた。
気まぐれで行き先を変えた店だ。
いつだって、約束もしていないのに会うとは、不意打ちのプレゼントが、さっき見た星だというくらいすごい。
ご機嫌な顔の、本郷さんが手招きをしてくる。
「いい感じに酔ってるな」
「もうおまえの食べる物はないぞ」
「ええ?」
「あ、俺、ビール追加で」
本郷さんの隣に腰を下ろしながら、俺も普通に注文する。
食べる物はまだ普通にあるのに、不思議な挨拶だ。
「焼き鳥、美味いよ。美味すぎる」
「だろうね。本郷さんの顔見たらわかるよ」
俺のビールと、本郷さんの追加が、同じタイミングで来た。
焼き鳥には、まずビールだ。
「カンパイ!」
ビールの泡が、本郷さんの口元に残る。
軽く飲んだ、その笑顔がたまらない。
「いや、ほんと、ビールの美味さときたら、だよ」
おしぼりを渡そうと思ったら、嬉しそうな舌がゆっくりと唇を舐めた。
目が離せないとは、不思議な感じだ。
「力石?」
「ああ。美味いよ」
俺は、どれだけ酔っても、口元に泡が残らないように飲むけれど、本郷さんは違う。
本郷さんじゃなかったら、多分、視界に入らないようにするかもしれない。
本郷さんの舌、か。
「今夜はどうした?」
「ん? 星を見てたら、焼き鳥が食べたくなってね」
「星? どういう繋がりなんだ?」
「自分でもよくわからない」
念願の焼き鳥を手に取る。
本当に、美味い。
ビールが止まらない。
「あ、そうだ。本郷さん。一番大きく輝いてる星って、あれなんだっけ?」
「俺に聞くか?」
本郷さんは、なんでも知っているような気がしていた。
まだ酔ってもないのに、俺は馴れ馴れしすぎたようだ。
「まあ、そうだけど……」
「月だ」
「……え?」
「一番大きくて、輝いてるのは、月」
ニヤリと、本郷さんが笑う。
「俺、星って言ったんだけど……」
「そもそも、星っていうのはな」
本郷さんの蘊蓄が始まった。
すでにしっかりと酔っ払っていると思ったけれど、意外と、まともな話だ。
「……本郷さん、マジで詳しいな」
「まあ、このくらいは常識だろ。男は星にロマンを感じるものだ」
「へえ」
星に興味はないけれど、本郷さんが語るのなら、興味が湧いてくる。
このままずっと、本郷さんの話を聞いていたいぐらいだ。
「力石にでもみつけられるぞ。ビール座ってのがあってな」
「ビール座?」
本郷さんが、グッと飲み干す。
そして、俺を見た。
「あ、間違えた。オリオン座」
「……オリオン座は、俺にも分かるけど、ビールと何の関係があるんだ? 全然違うだろ?」
まだ本郷さんは、まだ俺を見つめている。
じわじわと、その口元が震えている。
「……俺の、渾身のギャグを……」
「ギャグ? 何だ、それ」
「オリオンビールって、あるだろ? それをかけて……って、自分で言ったギャグの説明をするぐらい、情けない事はないぞ!」
テーブルに突っ伏して、本郷さんが嘆く。
そういう方向で攻めてこられるとは、思ってもなかった。
酔った本郷さんのギャグは、今まで何度も聞いた事があるのに、うっかりしていた。
いや、反応出来なかった俺は、早くも酔っているのだ。
多分、ビールの泡と、本郷さんの舌で。
「ごめん。あまりにも高度で、俺がついていけなかっただけだよ」
「……それ、けなしてるのか?」
「褒めてるんだよ。あ、焼き鳥食べようよ」
つくねがやってきた。
本郷さんが顔を上げて、少し笑顔になる。
「本郷さん、ほら。つくねは丸くて、月っぽい」
「……お、おお」
「俺に、もっと色々教えてくれよ。月も星も、本郷さんの話がいい」
「……よし。じゃあ、もう少し飲んで、だな。星の成り立ちから説明してやろう」
いきなり、壮大な話になった。
酔っ払いの話は、行きつ戻りつ、同じような事の繰り返しになる。
けれど、本郷さんの話は別だ。
何度聞いてもいい。
「さっきの、力石の星だけど」
「俺じゃないよ」
「いい。おまえの星にしとけ。帰りに確認しよう」
大きく開いた本郷さんの口に、つくねはあっさり消えていった。
満足そうに頷いている本郷さんを見ているだけで、俺もつくねを食べた気になって、ビールを飲み干した。