そう気にしなくても大丈夫だと思うんですが、力石の視線ひとつでドキドキする本郷さん。
勝手に色々思い込みそうです(笑)
「本郷さんの匂いって……」
唐突に、力石が俺に顔を近づけてきた。
隣に座る俺は、いつもより力石に身体を寄せて座っている。
不本意でもないけれど、今夜の店は、そんなに広くないのだ。
「お、おい……こんなところで何を……」
力石の鼻が俺の腕に触れた。
触れた程度じゃない。
思い切りくっついた。
今夜はコートを脱いでいるから、いつもより一枚薄い俺の腕だ。
そこに神経が集中したかのように、ビリビリと痺れる。
力石は、怪光線でも発しているんじゃないだろうか。
「そ、そんなところ、匂いなんてしないぞ……」
「え? もっと際どいところ、嗅いでもいいって?」
「バカっ!」
さすが、力石だ。
この場所なら、少し酔って身体のバランスが崩れた、で、誰にでも通用するだろう。
これが俺なら、不審すぎて、警察を呼ばれているかもしれない。
力石は、腕から少し顔を上げて、肩のあたりで吸い込み始めた。
珍しく、力石らしくない力石だ。
もしかして、俺が初めてみる、力石の酔った姿なんだろうか。
「おい、力石よ。おまえ、酔……」
「……本郷さんっぽいね」
「俺っぽい? 何か匂う? まさか、加齢臭だとでも言いたいのか?」
力石は笑いながら首を振った。
オジサン臭いのは気になる。
俺は結構マメに風呂に入っている方だし、銭湯に行ってもきちんと石鹸で身体を洗う。
真夏の汗だくの昼間は別として、そうおかしな匂いがしているつもりもない。
「よく聞くよな。加齢臭って。俺、嗅いだ事ないけど、どういうの?」
「むむ……俺もない……けど。こらっ」
もっと接近しようと、顔を近付ける力石の額を軽く叩いた。
驚いたように目を見開いて、動きが止まる。
「……俺、酔ってる?」
「ああ、やっぱり。俺な、おまえのそんな姿、初めて見たかも」
力石が、そっと体勢を立て直す。
二度ほど髪を掻き上げて、ニヤリと笑いながら、俺が叩いた額を撫でた。
指の先で、ゆっくり確かめている。
力石は、額の形もいい。
「……まさか、傷害とか暴行で、俺を訴えるつもりじゃ……あのさ!」
「すいません、水をいただけますか?」
店の人に水を頼んだ。
見てる間に、もらったそれを流し込む。
ゴクリと飲んで、ひと息ついた力石は、意外と普通だ。
「うまく酔っ払えてた?」
「何?」
「いつもの、本郷さんみたいになる予定だったけど、なかなか難しい」
「……え? おまえってさ、酔ってるんだよな?」
「酔う、ねえ……」
まっすぐ見る目は、いつも以上に鋭い。
笑っているのが怖い。
「おま……もしかして、酔ってない、とか?」
どこから俺を騙していたんだろう。
よく見れば、その顔は少しも酔ってなかった。
力石め。
腕から肩から、素直に匂いを嗅がせてしまった。
「ダマっ……ダマ、ダマ……」
「騙してないよ。ごめん」
軽く舌を出されては、とても謝った態度だとは思えない。
「俺、本郷さんの匂いは嫌いじゃないからね」
「ちっともフォローになってないだろ」
「……じゃあ、きちんと確かめさせてくれよ」
「……確かめるって、どう……」
「聞きたい?」
引きずり込まれるような響きだった。
聞きたい。
けれどここで聞いたら、恐ろしいところまで、確かめられてしまいそうだ。
「……た……確かめるのはおいといて……匂いって、人によって違うから、いいも悪いもないだろ?」
俺から、異臭を放っている前提で、擁護しているような言い方になってしまう。
俺は違う。
絶対に、違う、と思いたい。
「たしかにな。首筋と、喉のあたりで、ちょっと違うから」
「へ? よく知ってるな。何か統計でもあるの?」
「本郷さんが泥酔して、抱えた時に確かめた」
「おっ、俺? 俺か!」
気が、遠くなるかと思った。
確かめたいじゃなくて、もうすでに確かめているんじゃないか。
「……それって、俺が知らない間に……」
「ゴメン。でも軽く嗅いでみただけだし」
「とても許せん。俺だって知らない、俺の匂いを嗅ぎやがって……」
「怒るところって、そこ?」
二杯目の水をもらうのかと思ったら、力石は冷酒を注文した。
「おい、まだ飲むのか?」
「飲んでないから」
「あっそ……」
いっそのこと、くさやの干物でも注文してやろうかと思った。
しっかり目を見開いて、メニューを確認したけれど、それはどこにもなかった。
力石の陰謀だ。
「すいません、追加お願いします」
「え? 本気で食べるの?」
「俺、ほとんど食べてないだろ?」
「あ……そういやそうか……」
うっかりしていた。
今夜の力石は、俺より後に来て、まだビール一杯と、ポテトサラダしか食べてない。
そんな泥酔素人が、酔った真似をするなんて、片腹痛い、だ。
しかも、それは下手すぎる真似だった。
思い出すと笑えてくる。
力石にも意外と可愛い所があるのだ。
ああ。こういうところを、可愛いというのか。
俺は今夜、力石の可愛いと思える一面を知った。
「……あ、なんか今、目の前が輝いた……」
「何? 本郷さん、何食べる?」
力石にも弱点らしきものがある。
もっと一緒にいれば、わかってくるのかもしれない。
「りきい……っじゃなくて、秋刀魚の、塩焼っ……秋刀魚、さんま……!」
慌てた勢いで、何度も秋刀魚を繰り返してしまった。