こんなにも可愛いのに、本郷さんは年上。
時々忘れそうになります(笑)
手に触ったけど、エロスはかけらもありません……そんな力本もたまには。
「ぬお……雨か?」
「え?」
店を出た時、本郷さんが空を見上げて手のひらをかざした。
つられて俺も、空を仰ぐ。
まだ明るいとはいえ、すっかり秋の空だ。
この間まで、暑すぎて溶けてもおかしくなかったのに。
「雨なんて、降ってる?」
「あ、いや。眩しかったから」
「……ふうん……」
今のはなかなか詩的だと思った。
本郷さんの手はいい。
手の平も、手の甲も、見ていて飽きない。
ごく普通の男の手なのに、何がいいんだろう。
そっと、自分の手と見比べた。
「どうした? どこか痛いのか?」
「ん?」
俺の仕草を痛いと思い、心配してくれた。
本郷さんくらい、優しい人もいないだろう。
「ちょっと……触ってみてもいい?」
「何を?」
「本郷さんの手」
「俺の?」
不審そうに俺を見ながらも、本郷さんは拒否をしない。
これが不思議で仕方ない。
男に触られるなんてごめんだ。くらい言えばいいのに。
優しさから断らないのか、それとも、俺だから、なのか。
どっちにしろ、嬉しいに変わりはない。
「力石よ、触るの? 触らないの?」
「あっ、すまん」
本郷さんは、俺に手を差し出したままで待っていてくれた。
こんなに優しい人が、一人でいるのだ。
もったいないという感情は間違ってないだろう。
一瞬だけ緊張して、その手に触れる。
さっきまで、箸を握って、ご機嫌で焼き魚をつまんでいた手だ。
美味しさに、にやけた表情まで思い出した。
「なんか……くすぐったいよな」
「嫌?」
「とんでもない、いいよ、いい……」
「いいんだ」
「えっ、あれ? 俺、変な言い方した?」
「そうでもないよ。ありがとう」
大げさに頭を振る本郷さんが、とても年上には見えない。
名残惜しいけど、そっと手を離して、お礼を言った。
「……そうか」
「なんだ?」
「本郷さんって、年上だって事、すぐに忘れてしまう」
「……それは……どういう……」
本郷さんがよくする、口を尖らせる仕草は、確実に俺はしない。
もっと若い頃でもなかった。
俺はちっとも可愛くない。
「本郷さんって、マカロニサラダ、好きだろ?」
「え? そりゃ、嫌いな男はいないだろ」
「俺はあまり食べないけど」
「なぬ? そうだっけ? 食べてるだろ? 俺、見たぞ」
「……まあ、全然食べないんじゃないから……」
頷きながら、言葉を続ける。
「メンチカツも、コロッケも……ソースかけて食べるのも、すごく好きだし」
「あのな、それも全部、男は好きだって!」
「可愛いなあ……」
本郷さんが目を見開いて、口をパクパクさせている。
「今夜は、焼き魚が美味かったけど、そのうち、本郷さんの好みに付き合うよ」
「おい力石、俺だって、焼き魚、大好きなんだけど!」
当然、そのくらい俺も知っている。
本郷さんの嫌いな食べ物なんて、何かあっただろうか。
そういえば、思いつかない。
いつだって、どんな食べ物も、楽しそうにきれいに食べている。
今、聞いてもいいけれど、この先、じっくりと見極めるのも楽しそうだ。
「そろそろ夏も終わるからな。冷たいビールを一気に流し込むのは、今のうちかな」
「……それなら、今でもいけるぞ」
「なるほど」
まだ明るい。
腹は軽くいっぱいになったくらいだ。
「それじゃ、せっかくだから、ビールでも」
「おお! 美味いところを、引っ掛けようぜ!」
さっと食べて、引き上げる。
このスタイルできていたけれど、本郷さんといるなら別だ。
二人でシェアする楽しさも、俺は覚えた。
「ビールの泡ってな、なんであんなに美味いかなあ?」
「その店の入れ方があるよな」
「自分でやった方が美味いって感じの店に入ったら、もうガッカリだよな。全然うまくない」
「へえ。本郷さんでもそんな店に入るんだ」
まだまだ知らない本郷さんの姿を知った気がした。
いつだって、俺が美味いと思う店で会う、本郷さんの選び方は絶妙なのだ。
「酔いすぎて、ふらっと吸い込まれた時とか……」
「それって、俺が知ってる酔いじゃないのかな。もっとひどい?」
「あのな、俺はそんな、いつだって酔っ払ってる訳じゃなくてだな」
「ちゃんと帰りついてるもんな。尊敬するよ」
「ムムッ……尊敬、するのか」
本郷さんの話は、楽しく、素直に相づちが打てる。
こんな時間が続くのは、本当に悪くない。
ずっと、歩いていてもいいくらいだ。
「もうちょっと行った先の店は、そんな事ないから」
「おお。早くビール飲みたい。喉が渇いたよ」
「いっぱい喋ってるもんな」
おうよ、と、力強く頷いた本郷さんには悪いけれど、なるべくゆっくり歩いて、次の店に向かっていた。