レモンケーキが好きです。
本郷さんはオジサンなので、懐かしいんじゃないかと思います。それだけで勝手に妄想しました。ちょっとメルヒェンな感じ(嘘)
「……本郷さん……本郷さんよ」
「んあ?」
力石の声で目が覚めた。
ここはどこだ。
一瞬、自分のいるところがわからなかった。
じろりと目だけ動かして、あたりの様子を伺う。
いや、そんな必要は全くなかった。
「……なんだ、俺んちか……」
「酔いすぎた? 大丈夫か?」
力石が俺の顔を覗き込んでいる。
ようやくわかってきた。
俺は慣れ親しんだ自分の部屋の真ん中で、大の字になって眠っていたのだ。
「酔った……かもしれない……昨夜……」
「昨夜じゃなくて、さっきの話」
「あれ?」
時計を探す。
力石の言う通り、まだ日も変わっていなかった。
「えっと……俺、帰ってきた?」
「半分くらい」
「むむ?」
「半分は俺が連れて帰った」
力石の顔を見ると、気が緩んでしまう。
陣立に隙はないけれど、何やら嬉しくて、テンションがあがってしまうのだ。
飲みすぎたのは、力石のせいにしておこう。
「力石……今夜、帰るのか?」
「……帰らないよ。最初からそのつもりだけど」
正しい記憶が戻ってくる。
今夜も俺は、力石と一緒に飲んでいた。
珍しく泡盛をやる力石に、負けてはいられないと、俺も泡盛を飲んだのが、危険への誘いだった。
あんなに美味い泡盛は初めてだった。
力石が好んで飲むはずだ。
ついうっかり、杯を重ねて、俺は落ちた。
「俺がいないと本郷さん、どこで倒れていたか」
「……泡盛は、恐ろしい酒だな……あんな美味いのに……もう飲まない……」
「そう言うなよ。また飲もうぜ」
これは借りが出来た、というのだろうか。
そろりと身体を起こして、こたつの方に這い寄る。
強烈な眠気はあるけれど、酔った不快感はほとんどない。
力石の相手くらい出来そうだ。
「本郷さん、水」
「おお……この世の中で、もっとも美味い水だな!」
一気に飲み干した。
力石が笑いながら、二杯目を入れてくれる。
こいつは本当によくわかっている。
「今夜は、添い寝してあげるよ」
「何を……俺はそんな子供じゃないって」
「子供は泡盛飲んでぶっ倒れない」
どうにも、俺のタイミングが悪い。
「そうだ。本郷さんに、土産」
「なんだよ」
力石が差し出したのは、手の中に収まる大きさの小さなお菓子だった。
「あ、これ、レモンケーキじゃないか?」
「あとでゆっくり渡すつもりだったのに、予定がずれた。本郷さん、こいつが懐かしいんだろ」
いつだったか、力石と飲んでいる時に、子供の頃の話になった。
俺が一方的に話して聞かせただけだったかもしれないけれど、力石は終始嬉しそうに聞いてくれた。
レモンケーキの思い出で、子供の頃に食べて、レモンの味だと感動した事とか。
感動のあまり、五つあった全部を俺が一人で食べてしまって、死ぬほど親に叱られた事とか。
「……悲しい事を思い出したぜ……」
「何? 別れた話、とか?」
「どのくらい口に詰め込めるのかって、一人で挑戦して、息止まりそうになった。あれは……すごく叱られたなあ」
力石が笑う。
俺だって笑う。
情けない話だけど、こうやって力石に語れるのは嬉しい。
ちゃんと聞いてくれて、もっと話したくなってくる。
「本郷さんって、そんなにたくさん叱られたんだ?」
「いっぱい叱られたよ。力石は……そんな事なさそうだな」
「まあな。いい子だったみたいだよ、俺」
ああそうですか、と、小さく呟いてしまった。
力石は、大事に育てられたのだろう。
不思議に人の心を掴む雰囲気が、今までも人生を伝えてくれるようだ。
オジサンの俺とは違う。
「ま、いい子だったから、本郷さんに会えたのかもしれないって考えたら、悪くなかったんじゃないかって思うね」
「……俺とねえ……」
手を伸ばしたけれど、灰皿もタバコもなかった。
力石がものすごく遠くに追いやっている。
「タバコ、吸わせろ」
「悪酔いするよ?」
「んじゃ、レモンケーキをくれ。食べる」
「よろこんで」
力石の手から、俺の手に。
小さなレモンは、甘くて美味いのだ。
「これって、昔から思ってたけど、レモンの形なんだけど、なんとなく卵みたいだよな」
「卵?」
「もしかして、あっためたらヒヨコが生まれるんじゃないか?」
一瞬、力石の動きが止まった。
ちゃんとわかっているのに、間違えた。
ヒヨコが生まれるのは卵からだ。
俺の手にあるのはレモンケーキ。
「い、いや、力石……」
「やっぱ、酔ってる時の本郷さんは最高に俺を誘うね」
「え……」
「俺も一緒にあたためようかな」
そろりと、力石の手が伸びてきた。
俺の手からレモンケーキを奪う。
「おい……」
「崩れたら悲しいだろ?」
こたつの上に置かれた。
そして、そのまま俺に触れてくる。
「ちょっと、力石……俺、寝る……」
「俺も寝る」
「同じ意味で言ってるんだろうな!」
「一緒だよ」
力石がくっついてきた。
俺の背中は、また畳に吸いつけられて、起き上がる事が出来ない。
「あっ、俺、なんて格好してるんだ?」
「本郷さんが脱いだんだ。全部」
「嘘……だろ」
恐ろしい事に、俺は、パンツとランニングだけの格好だった。
どれだけ酔っても、こんな薄着になった事はない。
絶対に、俺の仕業ではないと思う。
思っている間に、力石の足が絡まってくる。
「……り、力石……」
「ヒヨコは朝の楽しみな」
「先にレモンケーキ、食べる……」
「それも朝の楽しみ。ちょっとだけ、ゆっくりしよう」
正直に酔っていると言えばよかった。
けれど、ただ触れているだけの力石の熱は気持ちがいい。
ゆっくりしようの意味は、こういう事か。
視界が重くなってくる。
力石は、眠る俺に無体な事をするような男ではないだろう。
「……俺の酔いが覚めてから……なら」
「本郷さんが眠るまで、こうしてる」
力石は、わかっていて俺をからかっていたのだ。
子供みたいに頭を撫でられた。
「レモンケーキが増えたら、力石にも分けてやる……」
くすぐる口唇が耳元で囁いてきた。
俺はレモンケーキとヒヨコの事で頭がいっぱいになって、深い夢の中に落ちていた。