時期完全に外しましたが、甘いのいっときます。
やっぱり、この二人はいいよ(自分で言ってしまうこのクソ恥ずかしさ)
本力も力本も、どっちも好きになりすぎて困る(笑)
歩きながらも気になる。
どうにも、甘い匂いがつきまとう。
俺のコートについてるんじゃないかと、何度か確認してしまった。
今日はバレンタインデー。
うら若き女性たちの熱い思いが込められている日だ。
なぜ、チョコレートでなければならないのか。
さっぱり理解が出来ないのは、俺がダラシナイ中年オヤジだからだろうか。
いや、間違っても中年ではないが。
チョコレートをもらうなんて、胸をかきむしりたくなるような甘酸っぱい状況は、遠い記憶の彼方をたぐり寄せても、暗黒の底に沈んでいるのか、全く思い出せない。
モテない人生を送ってきた覚えはないけれど、その時期だけ、接点がなかったのだろうか。
まあ、チョコレートの一つや二つ、わざわざ人からもらう必要もない。
食べたければ、自分で買ってやる。
それで十分だ。
なんて、オジサンの強がりにしか聞こえない……。
深く考えると落ち込みそうな結論に達した時、今夜の店に辿り着いた。
今夜は絶対にもつ焼き。
週の頭からずっと企んでいた。
あれぐらい、胃袋と腹を掴む料理を俺は知らない。
ビールも冷酒も、燗酒だってあう。
あまり飲まないけれど、焼酎もいいだろう。
「バレバレの〜バレンタイン〜」
歌いながら、もう少しで、フリまでつけるところだった。
「いらっしゃい!」
「どう、も……あ。力、石……」
正直、驚いた。
若い男は皆、チョコレートを抱えた女性と一緒にいる夜だろうに、目の前で力石は、なんでもない顔をしてもつ焼きを食べている。
「あれ、本郷さん」
「こんばんは……」
「まさか本郷さん、一人?」
今のまさかはどこにつながるのか。
思わず眉をひそめてしまったけれど、文句はないから、力石の隣に座る。
「一人だよ。これで誰か連れてたら、背後霊だ」
「ハハハ! 本郷さん、そんなの憑いてるんだ」
「いないよ! 怖いこと言うなって」
力石の皿を横目で睨んで、俺も心ゆくまで注文する。
魅惑のもつ焼き。
今の俺にとって、どれだけ美人で爆乳の持ち主でも、この魅力にはかなわない。
甘い匂いに疲れた鼻を、もつ焼きの匂いで癒すのだ。
「ここらで調整だな」
「何の?」
「味覚と嗅覚の」
「ほう……」
力石ときたら、せっかくのバレンタインデーだというのに、甘さの欠片もまとっていない。
モテそうに見せかけて、実はさっぱりダメなヤツなのだろう。
よしよし。
「本郷さん、嬉しそうだな」
「そう?」
「いいことあった?」
「そりゃ、食べたかったもつ焼きだし、力石はいる、し……」
今、何か違う言葉を選んだ気がする。
一瞬目を丸くした力石が、不敵な笑みを浮かべる。
「俺もだよ。こんな晩に、本郷さんに会えるとはね」
「甘い感じの夜じゃなさそうだな、力石は」
「本郷さんこそ」
タイミングよく、掴んでいたコップで乾杯する。
何に、だろう。
「……ちょっと失礼」
いきなり力石が席を立った。
俺じゃあるまいし、力石の中座は珍しい。
「何? トイレ?」
「ん、そうじゃなくて……」
触れそうなぐらい俺の側に近づいて、一瞬足を止める。
「力石? 酔ったのか?」
「本郷さん。ちょっと口開けて」
「へ?」
言葉の意味がわからず、力石を見上げた俺は、軽く口を開けていた。
ゆっくりと、力石の手が近づいてくるのは、見てわかった。
指の先で何かを持っている、と思った途端、その指ごと、俺の口の中に押し込んできた。
強引でも、無理矢理でもない、不思議な力加減だ。
「……!」
「チョコレートだよ」
甘いのはわかった。美味しいのもわかった。
力石の指先も一緒に舐めてしまう。
「ん……お、い……」
「おいしい?」
舌の先で力石の爪の感触まで味わった。
爪なんて食えないのに。
その指をくわえたまま、小さく頷いた。
「おい、しい……」
「うん」
ようやく、力石の指が離れた。
別に呼吸を遮られていたわけでもないのに、息が荒くなる。
口の中から舌の先まで、力石の指がまだ残っているみたいだ。
「な、なんだよ今のは!」
「本郷さん、普通に渡しても、素直に食べてはくれないだろ」
なんのために立ち上がったのか、考えるのも怖いけど、力石はまた座り直した。
何事もなかったかのように、新しいビールを注文している。
「何を……」
「バレンタインデーのチョコレート。本郷さんのために買ってきたのに」
「嘘つけよ! とてもじゃないけど、買いに行けるような雰囲気じゃないだろ?」
「……知ってるんだ?」
「あ、いや、せっかくだから、自分のために、買ってやっても、いいかもしれない、なんて……ちょっとだけ思ってやっただけなんだ」
言い訳がましい。
言えば言うほど、力石が笑い出す。
「そうだと思って。本郷さん、意外とチョコレートも食べるんだな」
「好きに決まってるだろ!」
「じゃあ、これ全部どうぞ」
かたまりのチョコレートが入った包みを差し出された。
これだけあれば、非常食にもなる。
チョコレートの合う日本酒だってあるのだ。
でもこれは、どこから入手したものなのか。
それによっては、素直に受け取る訳にはいかない。
力石の日常を考えたことはないけれど、俺が思うよりも、深い謎に包まれている。
「……お、おまえなあ、貰い物を食べきれないからって、俺に押し付けるとは……」
「え? これはちゃんと本郷さんの好きそうなのを、選んで買ってきたんだけど」
「なんだと? 力石、あの集団の中で買えたのか?」
「普通に……意外と男もいたよ」
信じられない。
こいつには、羞恥心がないのか。
この時期に、チョコレートを買う男なんて、モテないアピールの最たるものではないか。
「本郷さんが好きじゃないなら、これは帰りに捨てる」
「なんで?」
「最初から、本郷さんにあげることしか考えてなかったから」
「お、おお……それじゃ、もらってやってもいい」
本当は、飛び上がるほど嬉しかった。
遠い記憶の彼方にも残っていない、チョコレートをもらった記憶。
今、上書きされた。
「よかった」
「あ」
力石が、ペロリと指を舐めた。
それは、さっき、俺の口にチョコレートを押し込んだ指だった。