大晦日に出会った時点で、こうなる気はしていた。
「力石、俺んちでこのまま年越しで飲まないか?」
「……いいのか?」
「いいのかって?」
本郷さんは独り者だ。それは今までの雰囲気からなんとなく知っていた。
けれど、独り者だからって、ずっと一人でいる事もない。
俺じゃない相手がいないとも限らないのだ。
元々本郷さんは、爆乳が好きなのだから。
「それとも、力石こそ、何か予定があったりする?」
「ないよ。帰って眠るだけだ」
「おお、俺と一緒だ」
俺だけに見せてくれた笑顔かと思うと、さっき飲んだ酒が一気に回ってきた。
本郷さんの家に行くのは初めてじゃない。
もう何度も吸い込まれて、一緒に飲んでは泊まりもした。
すでに俺がいてもおかしくない場所になっている。
途中でコンビニに寄って、適当な物を見繕った。
酒はある。食べる物も多少はある。
けれど、買い物をするのが楽しいのは、酔っているからだろうか。
俺の後を本郷さんがついて来てるかと思えば、俺が本郷さんの後を追ってる時もある。
狭いコンビニの通路では、いつくっついでもおかしくない。
「あ、こいつ、買っとこうかな」
「ぬ!」
俺がカゴに物を入れるたび、本郷さんが唸る。
「なんだよ」
「…いや、やっぱりお前は、俺が見逃している物を掴むなと思って……」
「見逃すって、缶詰だぞ?」
「ぬぬっ……俺の独り言だよ。あっ、独り者の独り言!」
それはギャグでも何でもない。
けれど、本郷さんが嬉しそうに言うだけで、俺は笑ってしまう。
「あ、力石、そういえば餅がない」
「餅?」
「正月は餅だろう。これ食べないと死ぬぞ」
どういう理論なのかわからないけれど、本郷さんは餅が好きなのだとわかった。
一緒に飲んでいるだけでも、色々本郷さんの事が分かるけれど、こうやって何気ない買い物をするだけでも、もっと色々分かる。
本郷さんに近づけて嬉しい。
「本郷さん、丸餅と角餅、どっちがいい?」
「へ?」
俺が手にした餅の袋を本郷さんが見つめる。
「俺、断然角いのがいいんだけど」
本郷さんの唇が尖る。
この表情は怒っているのではなく、何か言いたい事があってたまらない時の顔だ。
子供みたいで可愛い。
「本郷さんは角餅で育ったのか」
「いや、角い方がたくさん食べられる気がしないか?」
「なるほど……」
言い分も可愛い。
今、この場で持っているカゴを放り出して、本郷さんを抱きしめたい気にさせられる。
さすがに俺も、店員しかいないとはいえ、コンビニでそんな事は出来ない。
「けどな、今は丸いのがいい」
「そりゃ、どうして?」
「今夜は月が丸いからなあ……あれ見てると丸い餅食いたくてたまんない」
確か、大きく見える月の夜、だったか。
ニュースで見た気がする。
月が大きくて丸く見えて、何がどうだと思うけれど、本郷さんは結構楽しんでいる。
月の満ち欠けに、一喜一憂する大人を、俺は初めて知ったかもしれない。
「餅が月、ねえ……」
「思わず手を伸ばしたくならないか?」
「本郷さん、前にもそんな事を言ってたな」
「俺、月好きだもんね。いつか行くぞ」
本郷さんならいつ行ってもおかしくない。
月でもウサギや宇宙人を相手に、冷酒を飲んでいそうだ。
俺にはこういう発想がないから、本郷さんが羨ましくてたまらない。
「……何笑ってるんだ?」
「ん? その時は俺も連れて行ってくれよ」
「お……俺が力石を、か?」
「ダメ?」
見る間に本郷さんが笑顔になる。
俺を連れて行くのが、こんなにも嬉しい事なのか。
こっちが嬉しくて、照れてしまう。
「俺に任せておけ」
丸餅の袋が入ったカゴを、本郷さんが強引に奪った。
「あ」
「俺が行ってくる」
こういうスマートなところが、実に本郷さんは格好よくてたまらない。
後で割り勘にするのを、忘れないようにしなくては。
「……そうか。今夜はこのまま、本郷さんと一緒にいるのか……」
今夜が大晦日だなんて、忘れてしまいそうになる。
ただ、本郷さんと一緒にいるだけの、普段と変わらない日なのだ。
この先も、きっと何度だってあるだろう。
特別じゃないけれど、特別な時間。
それは、俺にも見えるような気がした。
レジで会計をしている身体が、少し揺れているような気がしたけれど、多分俺も揺れているのだと思う。
本郷さんの背中は飽きない。
ずっと、ずっとこうやって見ていたいと思った。