本郷さんが、いかにイカフライが好きかを、やや誇張して妄想しました。
清澄白川の回は、力石も力石。ホタテとイカが2個づつあるのなら、分ければいいのに(笑)
けれど、王様のエビはきちんと分けるあたり、深い愛情を感じて大好き。
力石からの好きも、ちょっと深めてみました。
本郷さんの考えている事は、分かるようで分からない。
今夜は、鷹が獲物を狩るような素早さで、イカフライを制した。
その瞬間の輝いた表情と、繊細な箸づかいは、しばらく忘れられそうにない。
「り、力石よ。お、俺な、俺、イカフライが死ぬほど好きでさ」
「あれ? そうだったっけ?」
「そうなんだ! 実はそう……」
握りこぶしを固めての主張は力強い。
けれど、いつかの店で、イカフライは好きじゃないと言っていた気がする。
ホタテの方が好きだと。
嬉しそうにホタテフライを頬張っていたのは、俺の記憶違いだっただろうか。
一緒に食べるなら、楽しい方がいい。
本郷さんが嬉しいなら、俺はそれを優先していたつもりだったけれど。
これだけ親しくなった本郷さんとでも、まだ意思の疎通が出来ない時がある。
そこを埋めていく楽しさも、本郷さんとだけだ。
「天地創造の時から決まってるんだ!」
「天地創造って……」
そこまでさかのぼって言うほど、好きだったとは。
実に大げさで、とても本郷さんらしい。
「そいつは、気づかなくて悪かったな。本郷さん」
「あっ、いや、そんな謝る事でもなくて……俺もすまん」
どっちも悪くないのに、同時に謝ってしまった。
じわりと込み上げてくる笑いをこらえながら、本郷さんの箸が動く様を眺める。
この人の、箸の持ち方も好きだ。
「ああ、取り返したぞ……やっとだ……」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ。俺の話。ハハハのハ」
時々、誤魔化すように笑うのが、とにかく楽しい。
人によっては、嫌味ったらしくなる場合だってあると思うのに、本郷さんに関しては、そんな時が一度もない。
いつだって大人で、懐の広さを感じる。
本郷さんは、一人で食べている時から楽しそうだ。
メニューをじっと睨んで、時々、独り言を言いながら、真っ直ぐ通る声で注文する。
最初のビールも美味そうに飲むし、それから日本酒に流れるタイミングも絶妙だ。
そして何より、きれいに食べていく。
実に気持ちがいい。
いつまでも見ていられるし、多分俺は、その姿を肴に、酒も飲めるだろう。
最初、食べ物関係の仕事をしているのかと思った。
どうやらそうではないらしいけれど、そのあたり、まだ上手く聞けてない。
謎は謎のままで。
そんな些細な事も楽しくてたまらないのが、本郷さんとの付き合いだ。
「……やっぱ、食べるか?」
「え?」
いつの間にか、本郷さんの手が止まっていた。
イカフライは、手付かずのままだ。
「力石、イカフライ……好きなんだろ……」
「俺?」
「……そんな、見られてたら……俺、食えんよ……」
「あっ、そうじゃないよ。ごめん。食べてくれ」
律儀な本郷さんも大好きだ。
今の俺は、イカフライではなく、本郷さんを見ていたのに。
たしかに、俺もイカフライは好きだけど、本郷さんと比べたら、どっちが好きかなんて、誰にだってわかると思う。
「今夜のイカフライは、本郷さんに食べられたいと思ってるみたいだ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。だって、すごく美味そうだし。こんなに美味しそうなの、久しぶりに見た」
本郷さんの口元に笑みが浮かぶ。
ようやく、箸が動いた。
イカフライが、本来行くべきところに向かう。
「……何?」
「ん? いや、俺って、結構好きなものが多いなと思って……」
「……やっぱ、イカフライなんじゃ……」
「もっと、いいのだよ」
「へ?」
かじりついたイカフライのいい音が聞こえた。
それを聞きながら、俺は、ぐっとビールをあおる。
すごく美味い。
「イカフライよりもいいのって、何だ? ヒレカツ……いや、力石が言うんだ。そんな王道じゃないのかも……」
本郷さんの独り言が始まった。
時々早口になったりするし、言葉が途切れるから、何を言っているのかはよくわからないけれど、ものすごく色々考えているのだけは分かる。
今まさに、その状態だ。
「イカフライ……これは俺が食べてしまったから、力石が食べたいなら、追加で注文……いや、せっかくの陣立が、同じものというのも芸がない」
ちらりと、俺を見て、慌てて目をそらす。
「じゃあ、次に来た時に、力石がイカフライを食べたら……いや待て。多分その時も、俺はイカフライを食べたいはずだ……決して譲れん……あっ、もしかして、力石の事だから、意外な所を突いてくるのかもしれん……今夜のフライで、他にイカと戦えそうなのは……あ、しいたけか!」
「俺、しいたけ苦手」
「ああ! そうだったな……」
途中で言葉を挟む余裕がなかった。
本郷さんの声に聞き惚れていた。
響きがいい。
とても、気持ちが、いい。
「本郷さん、この先、一緒に食べる時、イカフライは優先的に譲るよ」
「へ? いいの?」
「二つあったら、その時は分けよう」
「おお。そいつはいい考えだ」
嬉しそうに笑う本郷さんに、ジョッキを向けた。
俺はまだ半分残っているけれど、本郷さんはもうほとんど飲みきっている。
「あ、気がつかなくてごめん。本郷さん、ビールいく?」
「ああ……けど、もう一回、おまえと乾杯してから」
強引に、音を重ねてくれた。
本郷さんの優しい所だ。
「すいません、こっちにビール追加で」
「はい、まいど!」
本郷さんがふと俺を見て、今夜一番の笑顔を見せてくれた。