あまり書かない続き物ですが(別に続きでもないです)、想像したらおかしくてたまらんかったので、ちょっと悪ノリしました。
距離が近づきすぎたせいか、力石、甘い(くすぐったい……)
前回同様、色々どころか、全然大丈夫!かな……
※ そして、あれだけ見直したのに、誤字と脱字発見(そのまま貼り付けられないので、打ち直ししてるのが……いやこれは言い訳だ)すいません。
何も気にしない。
今夜は、最初に挨拶を交わしたきり、お互い、別々の食事を楽しんでいる。
力石は、カウンターの端に座った。
俺の方をちらりと見て、ビールから焼酎にかえた。
……俺も、向こうを見てる、か。
たまにはこんな夜があったっていい。
以前はずっとこうだったのだ。
力石と出会うまでは。
「本郷さん、ちょっといい?」
客足も落ち着き、俺がのんびり冷酒を楽しんでいた時だった。
離れていたはずの力石が、酒の入ったコップを持って、俺の隣にやってきた。
こんな時に限って、俺の隣は空いている。
「どうした?」
「うん。気になることがあって」
腰を下ろした力石は、俺の皿を覗き込んだ。
俺に興味を示すなんて、珍しいこともある夜だ。
「……やっぱりね」
「何?」
「調子でも悪い?』
「俺の?」
店の人から、力石の前に、小鉢が置かれる。
席を移る前提で、向こうで注文してきたようだ。
本当に、隙のない男だ。
「本郷さんって、そんなにワカメ、好きだった?」
「む……」
ドキリとした。
力石は、嫌になるほど目ざとい。
「異様にワカメ率が高いのが気になった」
「……まあ、俺くらい、ワカメの好きな男もいない、ぜ」
「それにしてもだ」
力石が、じわじわと切り込んでくる。
動揺しないように、腹に力を入れた。
こっそり、深呼吸をしながら。
「鯛の昆布じめは別として、ワカメの酢の物に、ワカメの多いぬた。あ、ここの店のぬたは最高に美味しいよな」
「おお……」
「味噌汁はワカメで、ワカメご飯ときてる。えらくこだわったものだな」
いちいち数えなくてもいい。
今夜の選択は、俺自身も、変だと思っている。
だから反論のしようもなく、ただ、力石を睨んだ。
「あのな、たまたまワカメが多いからって、よくあるメニューだろ」
「そうだけど」
ちっとも、よくある、じゃない。
今夜の俺のこだわりは、ささいなことがきっかけだ。
当の力石に、本気で分からないのが情けない。
「実は……俺もいい年だから、そろそろ気になるというか……」
「何?」
これ以上は言いたくない。
けれど、酒が入っているせいか、口が勝手に動きだす。
力石が隣にいて、気が緩むだなんて、どんな酔っぱらいだ。
「……カミ、だよ……」
「意外。本郷さん、信心深いんだな」
「そうじゃなくて、頭のカミ……」
「え?」
力石が、刺すように俺を見る。
頭のてっぺんから、俺の目。そして、また頭に戻る。
その視線が痛い。
「髪にはな、ワカメがいいらしい」
「本郷さんは、必要ないんじゃない?」
「おまえが……おまえが、俺の髪の毛、気にしただろ……」
えっ? と、力石の動きが止まる。
「……いつ? 俺が?」
「この間の、雨の日」
「そう、だっけ? ほんとに?」
「じっと見たじゃないか。俺の髪が薄いって、目で……」
正直、言いがかりにもほどがある。
それは俺にもわかっている。
あの時、力石は何も言ってない。
でも、俺はそう感じた。
太古の昔から、酔っぱらいの理論というのは、つじつまが合わない。
男にとって繊細な話なのだから、もっと力石を責めてもいいはずだ。
「まさか……え? あれは、帽子をかぶってない本郷さんの頭を、久しぶりに見たからって……俺、そう言わなかったっけ?」
「そんな視線には見えなかった」
視線、と、力石が繰り返した。
多分、こいつにはわかっているんだろう。
あの時も今も、俺が酔っているということが。
「……だったらごめん。俺、そんな風には思ってないよ」
素直に謝って、伸びてきた手が、俺の帽子に触れようとした。
俺が首をすくめたのと、力石の手がそのまま離れたのが、同時だった。
触れてもないのに、電気が走ったのかと思った。
「本郷さん、とりあえず、どこでもいいから髪、引っ張ってみて?」
「何? 俺が? 大事な髪を?」
「いいから」
帽子の隙間に指を突っ込んで、適当につまんだ。ちょっとだけ引っ張る。
何も変わったことはない。
「ほら、本郷さんの髪の毛、大丈夫だろ?」
「なにが、だ」
「引っ張っても抜けない」
「当たり前だ! この程度で抜けたら、俺の毛根、死んでるだろ……あ、毛根と闘魂って、似てるな」
力石が吹き出す。
「どうして闘魂なんて言葉が出てくるんだよ」
「……毛根、だから」
「本郷さん、本気で怒ってる?」
「え? 俺が怒ってるって? なんで?」
「怒ってるんだろ? その件で」
なんとなく気まずくなって、おしぼりを握りしめた。
力石も、小鉢に箸を伸ばす。
「ん……怒ってはなくて、だな」
「じゃあ、何?」
「……なんだろ。怒ってないだけ?」
そう言って、顔を見合わせる。
俺は、怒ってない。
力石も、ちっとも怒ってない。
なんだ。子供のケンカみたいだ。
単純なことだった。
ケンカにもなってないけれど。
「……腹にたまるものが、食べたくなってきたなあ」
一息ついた瞬間、俺は、腹がへっていることに気がついた。
昨日も俺は、ワカメらしいものしか食べてないのだ。
「今、ご飯食べて、しめたんじゃ……」
「うーん。けど、肉、食べてないし」
「肉ねえ……それじゃ……」
別の店に行く選択もあるけれど、ワカメしか食べてないのでは、この店の真価が分からない。
どうも、髪の毛を気にしすぎて、食の組み立てを完全に間違っていたようだ。
俺としたことが、大失敗だ。
「……よし。決めた。すいません、唐揚げください」
手をあげて、料理を追加した。
うん。いつもの俺だ。
「いきなり? 今から?」
「いいんだ。俺の節制は終わった」
「単純……」
誰のせいだ、と、嫌味のひとつでも返してやろうかと思った。
けれど、ゴキゲンな顔で力石は笑っていたので、やめた。
もうしばらく、ワカメは食べない。
それは、酔った頭の中の、酔ってない俺の部分が判断した。