久しぶりの小話です。まだ夏が終わってなくてよかった……
リハビリがわりに、短めの小話いっときます。甘さぶっこんだ感じで。
※ 当初のタイトルは「ビールの泡」でした。過去に同じタイトルがあったので、サクッと変更したんですが、なぜか表示されるアドレス?は変更前のまま…どう直すんだろ?
「おっ、きたきた」
本郷さんの声はわかりやすい。
ビールが来た時と、日本酒が来た時で、少し声のトーンが変わる。
観察していると、どっちがより好きだと言うのではなさそうで、その弾んだ響きに、俺は本郷さんの注文した酒の流れと今夜のゴキゲンさを知る。
「やっぱりビールだな」
今夜は俺が先に飲んでいた。
一人でいるのも気楽でいいけれど、本郷さんがいるのは断然違う。
あっという間に酔っ払う姿に、俺もずいぶん気を許せるようになった。
「だって暑いし。ここは、この泡が最高でたまらんだろ」
「まったくだ」
この店で飲むビールは、泡が繊細で実にうまい。
適当に注がれた泡だらけのビールとは一線を画している。
本郷さんも同じ気持ちだったようで、しばし、泡について語り合った。
「なあ、力石よ」
「ん?」
「ビールの泡ってな、子供の頃、ものすごく憧れたりしなかった?」
「……そうだなあ……」
子供の頃の記憶なんて、本当はずっと遠い。
昔何があったかより、目の前にいる本郷さんが、何を食べて楽しんで、何を飲んで酔っ払っての方が深く記憶に残っているのだ。
忘れたくない事が、最近はとても多い。
「またしても、ヒミツ、か」
「別にそうじゃないよ」
隠す訳ではないけれど、思い出すのに時間がかかって、本郷さんにはいらぬ想像を働かせてしまう。
このひねた顔も、見ていて飽きないのだけれど。
「まあいい。男はミステリアスな方がモテるらしいからな」
ビールの泡の思い出が、ミステリアスかどうか、本郷さんの感覚は、やっぱりおかしい。
こっそり笑いながら、そっとビールを楽しむ。
「あ。そういえば、麦茶を振った事はある、かな……」
「麦茶?」
「泡立てて、ビールだって言って……」
本郷さんは笑うと思った。
遠足だっただろうか。
実に子供らしい思い出だ。
母親に持たせてもらった水筒の色まで思い出す。
あれは、いくつくらいの頃だったか。
「……なんで、そんな……」
「え? どうした?」
突然、本郷さんが両手を震わせた。
「酔っ払ったのか? 大丈……」
「明確に年の差があるってのに、なんで俺と同じ事をやってるんだ?」
「本郷さんと、同じ?」
「そうだよ。俺もそれやった! ついでに水筒吹っ飛ばして、どれだけ怒られたことか」
この世の終わりに出会ったような、本郷さんの表情がおかしくて、可愛い。
悲しい眉の形に我慢できなくなった。
「なっ、何を笑う、力石」
「多分、子供はみんなするんだよ、それ」
「みんな……か?」
「そ。俺も、本郷さんも」
本当かどうかはわからない。
けれど、確実に知り合う予感もなく、時間も場所も全く違うところで、本郷さんと俺は、同じ事をしていたのだ。
「……なるほどね」
「何がなるほどなんだよ、力石は……」
「ビールの泡の話がさ、不思議な話になったと思って」
今初めて、あの時水筒を振り回していてよかったと思った。
目の前にいる、情けない顔をしている人と、同じ思いを分かち合えるのだから。
「振り回した泡って、薄い気がするんだよね」
「あ、それ、俺も思った。けど、飲んだら麦茶なんだよな」
「そうそう」
頷いて、ビールを飲む。
大人になった今、麦茶はビールになった。
「……ああ、ビールはうまいよ。大人になったって気がするよな」
「俺はずっと大人だけど?」
「ナヌ?」
唐突に、本郷さんは偉そうな声になった。
「……先に麦茶で騙されていたのはおまえだ」
「ちょっと待ってくれ。本郷さんの方が年上なんだから、先に麦茶ビールでゴキゲンだったのは、本郷さんだよ」
「いやいやいや、大人は俺。おまえは、子供」
すでに酔っ払いだ。
目のあたりが赤くなって、口元が嬉しそうに緩んでいる。
この本郷さんと飲むのは、いつだって楽しい。
いや、酔ってなくて、難しい話をしている本郷さんとだって、俺は楽しい。
それにしても、ビールを飲み干す俺を子供扱いとは。
本郷さんから見て、俺はいくつくらいなんだろうか。
これも、酔って考えるには楽しいネタだ。
「……まあいいか。今夜は最高にうまいビールなんだから、楽しく飲もうぜ」
「おう! おかわり、行くか?」
本郷さんの注文の声が、まっすぐに店の中を通った。