1巻P142、1コマ目のホルモン食べる力石……
普通に読み飛ばしてましたが、よく見ると、変な顔(勿論、チョー可愛いよ!)
この顔だけで、妄想ほとばしりました。
いつもどおりの変な話……ひと休みな感じです。
「本郷さん、ウインクしてみて」
美味い焼き鳥で、ゴキゲンな俺に、力石から、突然のリクエストだった。
酔った風には見えない。
しばし、力石を睨みつけてしまう。
「……なんで?」
「いいから。気になるんだ」
さっきから力石は、ビールを冷酒に切り替えて、これまた機嫌よく、焼き鳥を平らげている。
今夜も、ちょうど入口で出くわして、一緒に飲むことにした。
熱い戦いを挑むつもりだったけど、
「本郷さんがこの店知ってるなんて、流石だなあ」
なんて殊勝な事を言われてしまった。
力石から見て、俺は、流石な存在になっている。
たまには、戦いを忘れて、酒を交わすのも悪くないだろう。
こうやって顔をつきあわせていると、本当に不思議な出会いだと感心してしまう。
「よし。いくぞ」
「こい!」
妙な合いの手に、気合いが抜けてしまう。
ウインクごときで、気合いもないけれど、何かに挑む時の俺は、いつだって本気で勝負だ。
「……」
自分で自分の顔はわからないけれど、実にスマートに出来たと思う。
「……ああ、そうか」
力石が、ゆっくりと息を吐き出す。
その顔が、妙にがっかりとしていた。
こんな風に感情を表すのは珍しい。
「ほんと、どうしたんだ? 何が……」
「本郷さんは、ウインク出来ないと思ってた。勝手に」
「どんなイメージだよ」
「下手そう」
「は?』
倒れるところだった。
よりにもよって、下手とは。
男が一番言われたくない言葉だ。
「おまえこそ」
「俺? 出来るよ」
笑った力石が、全力で両目を閉じた。
「ほら」
「……ほらって、今、両方閉じたぞ」
「え?」
もう一度、力石が目を閉じる。
俺と合わせていた視線が消えた。
どう、いいように見てやっても、力石はウインクが出来ない。
「出来てない?」
「……全く」
両目を閉じるという事は、一瞬でも視界が途切れる。
それに気がつかないとは。
もしや、力石は酔っているのだろうか。
「おまえな、人前でウインクはしない方がいいぞ」
「本郷さんに言われると悔しいな……」
「お……」
もしかして今、初めて力石に、悔しいと言われたかもしれない。
身体が震えるほど、ドキドキした。
思わず、胸を押さえてしまう。
「……冷酒、おかわり、どうだ?」
「ん? 本郷さんこそ飲めば?」
「俺は、まだ楽しんでいるよ」
ウインクが出来ない力石。
最高の、酒の肴だ。
俺が両目を閉じない訳は単純だ。
全てを押さえておきたいという欲が強い。
いつ、いかなる時も、目の前にあるものを見ていたいだけなのだ。
突然見たこともないような素晴らしい食べ物に巡り会えるかもしれない。
それを組み込むだけで、黄金の並びになる、特別なメニュー。
見逃して悔しい思いをしたくないだけなんて、正直な感想は、力石には教えてやらない。
力石は、ウインクが出来ない。
俺は、きちんと出来る。
ああ。本当に、なんて酒が美味しいんだろう。
すべてが輝いて見えるようだ。
「……自分じゃわからないなあ。ちょっと練習しよう……」
さっきから力石は、両目を閉じては開く、を繰り返している。
何度やっても同じだ。
力石の、こんな姿を見る日が来るなんて。
「いやあ、ほんとに意外だなあ。ハハハ、今夜は酒がうまいぜ」
力石の眉毛が、わずかにピクリと動いた気がした。
「だって力石。ほら、俺はいつも、泥酔してる姿を見られてばっかりだからな」
「……それとこれとは、別の話だろ。その内、本郷さんよりも、うまくなったりしてね」
「お……」
力石は、俺よりも負けず嫌いなんだろうか。
若い。
やっぱり、こいつは若い。
そして、その言葉の強さに、すぐにでもその時が来るような恐怖に襲われた。
「……俺、今、急に年を感じたわ……」
「何? いきなり?」
「いや、うん……」
盛り上がった気持ちが、一瞬で盛り下がった。
力石が、おかしな顔で俺を見ている。
確かに、今の俺は、どう考えても変な奴だ。
「力石よ、ウインクなんて出来なくても、人間、楽しく酒は飲める」
「……練習するよ」
「自然が一番だ」
「どういう結論だよ。本郷さんは、出来るからいいだろ?」
もう一度、力石が目を閉じた。
よし。
ここは俺が、大人になろう。
「……おい、今のはちょっと出来てたぞ」
「ほんと?」
「ウインクが出来た祝いだ。さあ、飲もう」
大人はたまに嘘をつく。
そういうことにしておく。
「そうだな。せっかく飲みに来てるのにな。美味いの飲も……」
力石の視線が、酒のメニューを撫でていく。
ピタリと止まった先を、俺も見た。
そのまま流れるように注文に入る。
「すいません、冷酒ください。本郷さんもいくよな?」
「もちろん」
嬉しそうな笑顔の力石は、酔っていても、やはりいい酒を選ぶ。
俺は、悪い。
力石に本当のことが言えない。
「どうした? 本郷さん」
「う……? いや、うまい酒は、うまいよなあ、ってね……」
「歯切れが悪いなあ……」
「すまん、力石! 俺は、嘘をついた」
ダメだ。
俺は一生、隠し事は出来ないかもしれない。
「え?」
「おまえ、まだ全然ウインク出来てない」
「さっき、出来たって……」
「ごめん。嘘ついて飲むなんて、あまりにも、酒に失礼じゃないか。罪の意識が……酒にごめんって……」
「……酒に、か……」
「お互い、酒の前では素直になろうぜ」
俺の顔と、酒のメニューを交互に見て、力石が吹き出した。
「素直じゃないのは、本郷さんだけだよ」
「そんな事はないだろ?」
「まあ、いいけど。俺、しばらく練習するけど、気にしないで楽しく飲んでくれ」
「おお。いつだって、俺が手本を見せてやるぜ」
冷酒が来る直前、一度だけ、力石は完璧なウインクが出来た。
その時の笑顔も、なかなかいい、俺の酒の肴になった。