試作は、ぎりぎり六月っぽい話で。
ちょっとだけ、攻めてみた……!!
と、自分では思ってるけど、結局いつもとちっとも変わらない、甘酸っぱい感じ……
追記
大事なところが抜けていた……!
最後、一言書き足しました。
昼には遅く、晩には早い。
今日は、そんな時間だった。
何を選ぶか、どこに向かうか。
気分のままに足が進む。
今年も梅雨に入ったけれど、まだ雨らしい雨はない。
ふと、店先に並べてある紫陽花の鉢が目にとまった。
花束のようなでかさと、ツヤツヤした葉が光って見える。
かなりの存在感だ。
大事に育てられているのが、伝わってくる。
「いいねえ」
子供の頃、紫陽花の下には死体が埋まっていると信じていた。
桜じゃあるまいし、あれはなんの話からきていたんだろう。
アルカリ性と酸性を習った頃か。
死体はどちらかに反応するという話が混ざったのだと思うと、今なら大笑いだ。
特に、青い紫陽花は青酸カリの味がする、とか。
そんなわけないのに、子供は本当にバカだ。
「本郷さん?」
「うおぅ!」
完全に気を抜いていた。
力石がいる。
「花なんか見てるのか」
「いや、たまたま……」
「色っぽいお届け物?」
一瞬、力石の言葉の意味がわからなくて、じっと見つめてしまった。
力石も、俺から視線を外さない。
「色っぽいって……?」
「女性は、花が好き、だろ?」
そこまで言われて、ようやくわかった。
「……あ、全然違う、っていうか、そういう時に紫陽花は持って行かないだろ」
残念ながら、今の俺にそういう相手はいない。
侍らせたい気持ちは、正直、普通にある。
けれど、花を持っていくほどの情熱があるのなら、食の組み立てで力石に勝つほうがいい。
絶対に。
「まあ、確かに、そうだな」
笑うようにつぶやいた力石が、俺の隣にやってきて、紫陽花をみた。
俺もつられて視線を戻す。
「単純に、紫陽花と死体の関係を考えてたんだ」
えっ、という、力石の声が聞こえた。
意外な反応に、こっちが驚く。
「あれ? 俺、何か、変なこと言った?」
「本郷さん……まさかとは思うけど、よからぬ犯罪を考えているとか?」
「昔の話だぞ」
「昔? やったのか?」
濡れ衣だ。
慌てて両手を振って否定する。
さっきまでぼんやり考えていた、子供の頃の記憶を、力石に聞かせる。
「子供の頃か……なるほど。青が青酸カリの味っていうのは、なんとなくわかるよ」
「そうだろ? 青って漢字がはいってたら、誰だってそう思うよな?」
「ただ、味わう前に死んでるだろって話だ」
力石が、紫陽花に手を伸ばした。
そのまま、青い花の部分に触れようとする。
「おい、死ぬぞ!」
思わず、力石のパーカーを引っ張っていた。
力をこめて、強引にその動きを止めた。
「本郷さん……それ、紫陽花に失礼すぎる」
「あっ、うっかり……」
「無造作に触れようとした俺も悪いけど」
力石が、呆れた顔で俺を見る。
慌てて手を離して、なかったことにしてみた。
「この店、はいる?」
「そうだな」
微妙な腹の減り具合だ。
せっかくだから、料理が美味しい店がいい。
けれど、あたりを見渡しても、紫陽花以上に俺を呼ぶ店は見つけられない。
「ここのチキンカツ、美味いぜ」
「決めた!」
子供じみた姿を見せてしまった気まずさから、力石の言葉に乗せられてしまった。
「チキンとした、か……」
「……何?」
「いやいや、こっちの話」
チキンカツにソースで、キチンとした子供の頃を思い出すのもいいだろう。
ずっとバカだった訳じゃないことを、力石に知らせなくてはならない。
当然、俺のために。
明るい店の中に、うまそうな匂いが広がっている。
たしかにいい店だ。
さりげなく貼ってあるメニューもいい。
ただ、ここも力石は知っていた。
やや悔しさが残るけれど、先にこの店の前にいたのは俺だ。
奥のテーブル席に向かい合わせて座る。
同時にビールの注文をした。
負けてない。
フードを外した力石が、ひと息つく。
「そうだ、これ、本郷さんにあげるよ」
「お?」
どこに隠し持っていたのか。
小さいけれど、和菓子屋の包みだった。
「珍しいな」
「もらったんだ。老舗の、美味いやつなんだよ」
「へえ……」
俺が見ていた紫陽花を、お届け物かと問うた力石が、もらった和菓子を俺に差し出す。
これこそ、色っぽいもらい物ではないのか。
「開けてみて」
「ここで?」
「驚くから」
力石の表情が明るい。
店の迷惑になるような大きさでもないから、そっと包みを開いてみた。
小さな和菓子は宝石のようだ。
青と紫を基調に、優しく赤色がまざる。
柔らかく溶け合う色は、まるで紫陽花を摘んできたようだ。
「すごい偶然だろ」
俺が店先で紫陽花を見ていたのと、力石がもらったという和菓子の紫陽花。
接点はなにもないのに、ここで出会った。
不思議な縁を感じてしまう。
「これを持ってたから、本郷さんがそこで紫陽花見てたの、びっくりしたんだよ」
「……おまえこそ、これって、ワケありなもらい物じゃないのか?」
冗談めかして、笑った。
一瞬の間があって、力石が鼻で笑う。
バカに、された?
絶妙なタイミングでビールが来た。
そのまま、力石が注文を始める。
俺も負けずに追いかける。
チキンカツは、力石が言った。
「ひとまず、乾杯」
「おお……」
グラスを重ねる音はいい。
力石の飲みっぷりもいい。
「本郷さんよ」
「へ?」
唐突に、力石が真顔になった。
普段から冷静な表情をくずさないけれど、こうも真剣だと、こっちが緊張してしまう。
「これ、わざわざ、本郷さんのために買ってきたんだ」
「は?」
「ここじゃないかって、行き先も追いかけて、ね」
手元の紫陽花と、力石の飲み干したグラス。
そのままテーブルに視線を落とした俺は、返す言葉を考えていた。
いつも、示し合わせてもないのに、ばったり出くわしてしまうのは、意味があったのか。
わざと?
嫌がらせ?
考えすぎて、頭がうまく回らない。
「……って言った方がいい? ま、今のは、冗談なんだけど」
「おい!」
力石の声が、あっさりしすぎていて、緊張が解けた。
息の抜けた変な笑い方をしてしまう。
「もらい物なのは本当。本郷さんに会わなかったら、行った店の人にあげてた」
「なる、ほど」
「驚いた?」
「べ、べつに」
恐ろしく真剣な声だったから、うっかり信じるところだった。
信じてもいいけれど、今のが本気だったら、俺はどう返したらよかったのだろうか。
「本郷さんがからかうから、俺もからかってみた」
「なんだ、それは」
真正面に見える表情から、力石の感情はうかがえない。
きっと力石も、答えは望んでなかっただろう。
と、思いたい。
追加のビールと、揚げたてのチキンカツがやってきた。
輝く取り合わせに、心が躍る。
「さっき真顔で、死体と青酸カリと、紫陽花の話をしてた人だとは思えないね」
「それは子供の頃の話だって……」
「面白いなあ、本郷さんは。それって、かわいい話だよね?」
「かわいいか?」
ふたたび、ビールで乾杯した。
仕切り直しだ。
力石はニヤニヤしている。
バカにされているようにも見えるけれど、珍しい笑顔だ。
これを肴に、じっくり飲むのもいいだろう。
頬張ったチキンカツの美味さに満足した俺は、何も気にしないことにした。