毎日アホほど暑いので……甘さにゾワッとする感じの小話にしてみました。
(普通に、いつものように呑んでるだけで、短い話です)
ちょっとだけ、本郷さんに甘さを求めた!
※ アップ後、一部訂正(いつもの誤字脱字いい……すいません)
ここだと決めた店に入り、最初のビールに幸せなため息をついた瞬間、力石が現れるのにはもう慣れた、と思いたい。
力石は、どんな店にも現れる。
神出鬼没なんて言葉は、格好いいから使いたくないけれど、それ以外、表現出来ない自分が憎らしい。
「あれっ」
「お……元気そう、で」
「本郷さん、ここ来るんだ」
近づいてきた力石が、俺の隣に腰を下ろす。
周りから見る分には、親しい間柄に思えるだろう。
遭遇する回数からすると、そうかもしれないけれど、多分、違う。
俺は、力石のことを、何も知らない。
「力石こそ、よく来るの?」
「たまに。ここでは会ったことないね」
初めて来た、だなんて、弱味っぽいところは絶対に見せたくない。
曖昧に誤魔化して、ビールをあおる。
「すいません、ビール」
力石の落ち着いた声が通る。
「で、何にするんだ?」
「俺? そうだなあ……本郷さんは何頼んだ?」
「今から……」
「あ、そうなんだ。じゃあ……」
壁に貼られた一品料理のきらめきが、力石の視線の鋭さにかすむ。
この視線の選ぶ先に、俺はどれだけ打ちのめされてきたことか。
早速、あら煮を取られた。
力石は、ビールを楽しんでいるのに、もう酒に移る算段を立てている。
悔しくて、変な声が出てしまった。
「本郷さん?」
「あ、いやっ、俺は、別に」
思わず、力石の口元を見ていた。
誤解されても困る。
俺は、力石が選ぶ料理が出てくる言葉の元を、見ていただけなのだ。
耳からだって、ちゃんと聞いている。
「食べるよね?」
「え」
「せっかくだから、一緒に食べよう」
「お、おお……じゃあ、かぶらないものを……」
ペースは完全に力石のものだ。
負けてはいられない。
俺も、力石が納得する料理を、選びに選んで注文する。
失敗はなかった。
酒がすすむと、戦いを忘れそうになる。
力石は、気楽に箸を伸ばし、杯を重ねる。
俺も負けずに呑んだくれる。
すっかり胃袋は、冷酒仕様になっていた。
「それにしても、毎日暑くてたまらんよな」
「本郷さんも暑いんだ」
「え? 暑くてたまらんよ、俺は。暑いのキライ」
力石が笑う。
意味がわからない。
「だってコート、それ自体がもう暑いだろ?」
「……これは、俺の主義なんだから、いいの」
「へえ」
「おまえこそ、その格好、暑いだろ」
「俺も、これは俺の主義だよ」
俺の言葉を返されたのに、納得してしまう。
そうか。力石も主義だったのか。
「ま、いい話だ」
「……酔ってるねえ、本郷さん」
「酔ってはない。酒が美味いだけだ」
唐突にコップを向けて、何度目かの乾杯をする。
一人だと、全く気にならないけれど、力石といると、つい、このコップの重なる音が聞きたくなる。
別に、澄んだ響きだとは思わない。
酒の入った、ただの器の音。
強いて言えば、たまに触れる力石の指先で、二人で呑んでいることを思い出して、酒の味が変わるような気がするだけだ。
「さっきから思ってたけど」
「ん?」
「残ってる酒の量で、音が違うね」
「……そうか?」
「本郷さん、空にしてみて」
言われるがままに、コップの酒をぐっと呑む。
もう一度、力石と器を合わせた。
「ほら」
「……そう、かな。同じに聞こえるけど」
「本郷さん、酔ってるからだよ」
「……おまえが今、呑ませたんだろ。酔ってたら呑めないよ」
「じゃあ、俺も呑む」
力石の呑み方は、最初から最後まで、乱れることがない。
実にきれいに味わう。
「もう一回」
カチリ、と、音がする。
「……同じ、だろ?」
「そうかなあ。絶対に違うと思うけど」
「……じゃ、もう一杯、いっとくか」
「キリがないけど、それもいいね」
追加した冷酒がやってきた。
「かん、ぱい」
力石の声と、俺の声が重なった。
言い出した最初の音も、言い終わった最後の響きまで、同じだった。
「仲、いいねえ。オレ達」
思ってもない言葉を言ってしまった。
思わず、口をすぼめた俺を見て、力石が笑う。
「ほんと、そうだな」
もう一度、静かにコップを合わせた。
それは、確かに深い音がして、さっきまでとは少し、違って聞こえていた。