ちょっと酔いすぎた本郷さんというのは、かなり好きです。それを見守る力石もいい。
今回、一部下ネタあり(非エロのしょ〜もない系)
そのうち、力石を潰したいんですが、このままだと難しいな……
「よう、ゴキゲンだな」
最悪、だ。
一瞬で酔いが回ってしまった。
立ち上がったものの、ペタリとまた腰を落としてしまう。
なんと。真横に、力石が座っていたのだ。
ビールを飲みながら、力石が、ニヤリと笑う。
ここしばらく、この状況はよくあったけれど、今夜ぐらい最悪な出会い方もないだろう。
「あ、れ? そこにいた、っけ?」
入り口に背を向けて座っていたせいで、入ってきた力石に全く気付けなかった。
それ以前に、気持ち良く酔っていたのは大きい。
「ずいぶん前からな。本郷さん、酔っててちっとも気がつかなかっただろ」
「お……おお……」
日中の暑さにたえきれず、冷たいビールを堪能した。
ポテトサラダの強烈な誘惑にはじまり、色々と止まらなくなった。
こんなにも美味しい食べ物と酒の組み合わせじゃ、酔うなという方が無理だ。
「ほんと、本郷さんの酔い方は楽しいね」
「そ、そんなことは、ない、ぜ、と思う、よ……」
「向かいに座ろうかと思ったんだけど、まあ、こっちで見物させてもらった」
「余計なことを……」
こんな近くにいたのに、なんという敗北。
力石は、ずるい。とにかくずるい。
どうしてここまで、酔わずにいられるんだろう。
美味しい食べ物の記憶が、恥ずかしさに変わっていく。
「ああ、そうだ。本郷さん、トイレはその奥だぜ」
「何……」
「さっきから、何度も言ってたから」
忘れていた。
俺は、トイレに行こうと立ち上がり、力石を見つけたのだ。
そっと立ち上がった俺は、肩をすくめるようにして、力石の横をすり抜ける。
その瞬間、クスリと笑われた気がした。
さっき俺が、おしっこ、と、小学生でも言わない言葉を繰り返していたのも、聞かれていたのだ。
衝撃に、足元がふらつく。
力石に気づかれないように、そろそろと歩いた。
トイレまでの道のりが、やけに長く感じられた。
クソ、クソ、クソ。
便器にむかって激しく後悔したけれど、もうどうしようもない。
どうして俺は、ここまで酔ってしまったのか。
見てるなら、止めろ、力石。
トイレから戻ると、力石は焼酎を呑んでいた。
「あ、それは芋?」
「そう。ちょっと芋の甘いのが呑みたくて」
「へえ……」
「本郷さんもいく?」
「いや、俺は焼酎は……」
座って気がついた。
俺の席は、力石の隣だったはずなのに、普通に、力石の前に座ってしまった。
力石も、何事もなかったように受け入れる。
「一緒に呑もうか、本郷さん」
「……お、おお」
「って、もう酔っぱらってるから、無理っぽいな」
笑顔が憎い。
「酔ってないよ。さましてきたから、まだ呑めるぞ」
力石が吹き出した。
「本郷さん、そういうのは、食べる席で言う話じゃないぜ」
「……へ?」
「トイレで出してきた、っていうんだろ?」
「おまえなあ!」
そんなつもりは全然ない。
でも、そうともとれる言い方をしてしまった。
下品だ。
しかし、言葉のわりに、力石は嬉しそうに笑っている。
仕切り直しだ。
「軽く……俺は冷酒、いくぜ」
「ほう、いいね。じゃあ、俺もつきあうとするか」
「……あ」
「何?」
「おまえって、俺より呑んだこと、ないんじゃないか?」
力石が目を丸くした。
「俺は、ベロンベロンになるまで呑むことあるけど、おまえがそこまで呑んだ姿は見たことがないぞ」
「……そうかな? 結構呑むけど」
「よし。呑め」
「え?」
「俺が許す。酔い潰れろ。力石は、酔い潰れたらいい」
「おいおい、本郷さん……」
ぐらりと、視界が傾いた。
「本郷さん!」
「あ、大丈夫。酔ってない……」
傾いた視界を、ちゃんと自分で直せた。
きちんと座り直して、力石の顔を見る。
「……大丈夫かなあ……」
しばらく待ったけれど、俺の冷酒は来なかった。
どうやら注文は通ってなく、代わりにしじみ汁が来た。
「これ、俺?」
「本郷さん、これ飲んだらいい」
柔らかく優しい味のしじみ汁に、俺は気が遠くなりそうだった。
ゆっくり、じっくりと飲み干した。
その間、力石はじっと俺を見つめていたようだ。
「潰れるまで、は、また改めて。今夜だと、本郷さん、俺にかなわないだろ」
「な、に……」
「すいません、お勘定、お願いします。この人の分も一緒に」
何、いらんことを言い出すんだ、と言った俺の声は、力石に届かなかった。
多分、言葉にならなかったのかもしれない。
席を立った力石が、会計を済まそうとしている。
それを俺は、ぼんやりと見ていた。
どうも今夜の敗因は、トイレから出て、一気に酔いが回ったことだろう。
悔しい。
力石の出現も、俺のバランスを崩した。
「本郷さん、帰れる?」
「……ちょっと待て、力石」
ようやく席を立って、力石の後を追いかけた。
「何?」
「これ、持っていけ」
財布を、力石につきつけていた。
「……これは、いらないよ」
「いいから、取っとけ」
「これもらったら、本郷さん、帰れないだろ」
「お……」
「近いうちに、ご馳走してくれよ」
「むう……」
コートのポケットに、財布を押し込まれる。
ポン、ポン、と、肩までたたかれる始末だ。
「ほんとに、大丈夫? 送ろうか?」
「いい、ほんとにいい。ほら、歩いてるだろ」
帰巣本能というのか、口調も身体も酔っているのに、足は普通に動いている。
ダテに呑んだくれているわけじゃない。
俺は、ちゃんとわかっている酔っぱらいなのだ。
この動きを見て、力石も納得したようだ。
「それじゃ、また」
「おお、そのうち」
わざとらしく、バタバタと手を振って、力石を見送った。
力石の姿が消えてから、俺は、しじみ汁の優しい味は、どこから来ているのか……なんて考えながら店を後にしていた。