新年一発目の小話は、冬コミの流れがちょっと残ってしまったようで、やや甘酸っぱい……は、いつものことか。
甘やかしすぎたというか、夢見がちな設定は、正月という事で。
年末に思いついていたの、今になってしまいました。
(が、全然内容が違ってるという……)
今年も真面目に本郷さんと力石にニヤニヤするよ〜〜!
つくづく、力石の憎さときたら、だ。
週の始めから楽しみにしていたもつ焼き屋に向かう途中で、またしてもばったり出くわしてしまった。
「あ、本郷さん」
「おお……久しぶり。もしかして、もつ焼き……?」
「そう。寒いけど、ビール飲みたくて」
「俺もだ……」
「じゃあ、一緒に行こう」
にっこり笑う力石は、他から見たら好青年だろう。
納得がいかない。
「あ。福引やってる」
「へえ」
三枚で一回らしい。
「ちょっと待って」
「力石?」
いきなり力石が、近くの酒屋に入ったかと思うと、一本買って出て来た。
「ど、どうした?」
「本郷さん、券、あげる」
「何?」
「これで一回引けるよ」
なんと気前のいいことだ。
力石は、抽選券のために、酒を買って来たらしい。
そこまでしたら、福引なんて、絶対に自分で引きたいものだろう。
瞬時に、子供の頃の祭や、雑誌の懸賞、色んな思い出が頭を回る。
「……いい、のか?」
「本郷さんの方が、運がよさそうだから」
「そうか?」
自慢じゃないけれど、俺はあまり運がいいとは言えない。
宝くじだって当たらないのだ。
そして今日は、行こうと決めた店に行きつく前に、ライバルの力石に出くわした。
せっかくの三枚をただの紙切れにしてしまう自信がある。
けれど力石は、はなっから自分で引く気はなさそうだ。
当選商品のポスターを見ながら、嬉しそうにしている。
珍しい表情を見ていると、なんとなく、縁起のいい気がしてきた。
「よし。恨むなよ」
「ああ」
仰々しい特設会場に向かいながら、ふと気になった。
「力石よ」
「何?」
「あれ、なんて名前だ?」
「え?」
「ガラガラ、でいいのか?」
俺の顔と、福引の機械を見て、力石が吹き出した。
「ガラガラ、だろうな。俺も知らない」
「……そうだよな。他にないよな」
俺と同じ、力石の答えに満足した俺は、三枚の抽選券を係の人に渡した。
「よし! 俺の運を賭けてやる!」
ちらりと力石の姿を見て、ハンドルを回す。
中で玉が勢いよく踊った。いい音だ。
コトリ、と音がして、訳のわからないうちに、金色の玉が出ていた。
「あ! おめでとうございます! 一等当たりました!」
「ええ? 一等って何? 醤油?」
周りに人が集まってくる。
「ペアで沖縄旅行、一泊二日です」
「え! 沖縄?」
耳を疑ってしまった。
祝いの言葉と、温かい拍手。
いたたまれない雰囲気に包まれて、俺は、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
一等が当たる?
宝くじも当たらないのに。
もしかして俺は、一生の運を、使い果たしたんじゃないだろうか。
係の人の説明なんて、全く耳に入ってこない。
俺は呆然としたまま、金色の玉を見つめていた。
「本郷さん、大丈夫?」
「お、おお……? ここ、いつのまに?」
力石が、俺を引っ張ってくれたらしく、気がついたら、行こうと思っていたもつ焼き屋の中にいた。
「すごいな、本郷さん。沖縄だ」
「……いや、全然、実感ないし……」
ビールを一杯、一気に飲んで、少し腹が落ち着いた。
「沖縄ねえ……テレビの企画とかじゃないだろうなあ……後で恐ろしいバツが待ってるとかさ」
「ちゃんと説明聞いてきたよ」
「へ?」
「本郷さん、ぼんやりしてるから。これ、パンフレット」
さすが、冷静な力石だ。
「あ……これな、多分、おまえのだ」
「え? どうして?」
「だって、抽選券、元はおまえが酒買ったからもらった物だし」
「本郷さんにあげたから、本郷さんのだよ」
「俺に一人で沖縄に行けって?」
俺が渋る理由の一つがわかった。
一緒に行く人なんて、考えても周りにいない。
「それじゃ、一緒に行こう」
「へ?」
その考えはなかった。
慌ててビールを追加する。
もう一度、一気に飲んで、気持ちを落ち着かせる。
「……力石と、俺?」
「いいだろ。泡盛とソーキそば。もずくの天ぷらも美味しいよな」
「む……」
沖縄にも、美味い物は多い。多すぎる。
本場でしか味わえない物だってあるはずだ。
力石が行くとなれば、確実に俺が見落としている物を探し出すだろう。
そこに俺がいないのは、悔しすぎる。
対決は、したい。
「……往復って、飛行機だよ、な……」
「そりゃ……」
ため息をついてしまった。
「何? 本郷さんのそのため息は」
「いや、別に……」
「もしかして、飛行機が怖いとか。まさか……」
笑う力石に、笑いを返す事が出来なかった。
「え? うそだろ?」
「……本当」
「乗った事ない?」
「あるから怖いんだ」
あれは、ずいぶん昔、初めて飛行機に乗った時だ。
離陸の時点で背筋が浮き立つ感触に、嫌な汗が流れた。
たまたま天候の荒れた日だったのが、俺の恐怖に輪をかけた。
ゴツゴツとした揺れが何度も繰り返されて、身体中の毛穴が開くような、そんな恐怖の時間を味わったのだ。
今にして思えば、短時間だったかもしれない。
しかし、俺にとっては、永遠にも近い拷問だった。
飛行機は逃げられない。
心底、俺に焼きついた。
「……本郷さん、手が震えてる」
「お、おお……」
力石に説明しているだけで、思い出す。
飲み干したコップを握りしめているだけでは落ち着かない。
そんな俺を見て、力石は喉の奥で笑っている。
憎い。
「なあ。そんなに怖いなら、俺が手を握ってるから」
「え」
おもむろに、伸びて来た力石の手が、俺の手の甲を包んだ。
「おい……」
「俺は、飛行機で怖い思いをした事がないから、分けてあげるよ」
温かい手から、何か流れてくるような錯覚がする。
くすぐったい気がして、そっと手を回した。
俺から、力石の手首を掴んだ。
「俺に分けすぎて、おまえが怖くなったらどうする?」
「絶対にない」
静かで、まっすぐな言葉だった。
不思議なくらい、安心と安定感がある。
俺よりはるかに年下の力石は、こんなに大人だったっけ。
「……じゃあ、そうしようか」
「ん?」
「沖縄、行こう」
「ああ」
改めて、握手をしなおした。
そして、もつ焼きの追加と、ビールを続ける。
「沖縄のビール、なんだっけな。オニオン?」
「……オリオンビール」
「あ、それそれ。たっぷり飲もうぜ」
ちらりと俺を見て、笑いをこらえた力石は、強く俺の手を握って来た。