迷ったんですが、初の力石視点から、いきます(この人は情報が少なすぎて難しい)
絶対に誰もが考えただろう土佐の回の、P121の最後のコマと、P122の最初のコマの間の捏造です。
どう考えてもあの回は、妄想大爆発にもほどがあるので、ちょっと距離が近づきました(が、酔ってるのでいつもと変わらず……)
カツオのタタキは、今まで何度も食べてきた。
しかし、今日のタタキは確実に違う。
目の前で、本物の藁を使って焼いてくれるのだ。
どう考えても、美味しいに決まっている。
今日は、カツオのタタキを日本酒で楽しもうとやってきた。
店に入った途端、見慣れた人がすでに酒を楽しんでいる姿に出くわしてしまった。
その人、本郷さんとは、頻繁にあちこちの店で出会う。
いつだって、一人で楽しそうに酔っぱらっては、俺に話しかけてくる。
飲み屋で、そんな人に出会ったことがなかったけれど、どこか不思議で楽しくて、俺から話しかけて一緒に飲むことも多い。
「な、何、力石!」
カツオのタタキに浮かれていた俺は、思わず手招きしていた。
近づいてきた本郷さんに、そっとささやいた。
「アレ、俺のカツオ。見てみ」
「うわっ、スゲエ」
焼ける藁と、カツオの匂いがたまらない。
出来上がったタタキを、素直に、本郷さんと分かち合いたいと思った。
「本郷さん、マネしてもいいぜ」
瞬間、本郷さんの目が、ギラリと光った。
よほど、カツオのタタキが好きらしい。
「いや、俺は、刺身でいこうかと……」
何やら、歯切れの悪い言い方で、またもや俺を睨んできた。
同じ品を別々に注文しなくても、互いに違う物を選んで、一緒に食べたらいいか。
俺は、本郷さんと向かい合わせに座って、そのまま本気で飲むことにした。
「本郷さん、大丈夫か?」
あっという間に本郷さんは、フラフラしてきた。
俺と飲みだす前に、ビールも焼酎も楽しんでいたらしい。
ビールはいつものことだけど、本郷さんが焼酎を飲むのは珍しい。
そこに、魅力的すぎる日本酒だ。
カツオの美味さを倍増させる酒は、正直誰にも止めようがないだろう。
俺も、結構酔いが回ってきている。
「ほんと、こいつぁ、うまいよ……」
ご機嫌な本郷さんの声に、ふと、思い付いた。
よく一緒に飲むのに、俺は、本郷さんのことを、ほとんど知らない。
「本郷さん」
「……へい」
「嫌いなものって、ある?」
いつも、美味しそうに食べて、飲んでいる。
単純な疑問だった。
別に、ここまで酔っている時じゃなくても聞ける話だけど、きっかけとしては、このくらいから始めるのがいいだろう。
こういう、普通の話をした記憶がない。
いつも、何を話していたんだろう。
「……りきー、し……」
小さい声だったけど、今、しっかりと俺の名前を言った。
俺は、勝手に、食べ物が出てくると思っていた。
酔っぱらいは違う。
「どう、して?」
「タタキ……うまい、から……」
「……?」
「……ず、る、い……」
「それで、俺って?」
全く意味がわからない。
いきなり、俺の名前を嫌いなものとしてあげられたけど、いやな響きはない。
なぜか、親しみを感じる言い方だ。
「じゃあ、好きなものは?」
「ん……ビキニと、パンチィ……」
そう言って、本郷さんは、ものすごくいい笑顔を見せてくれた。
想定外の答えに、どう返したらいいのかわからない。
いや、この顔を見ていたら、当然の気もしてきた。
実に本郷さんらしい。
俺は今、知らなくて知りたかった一面を知ったのだ。
「そうか……ビキニとパンティ、ね……」
こんなの、誰だって笑う。
本郷さん、酔っぱらいすぎだ。
そして、正直なところがたまらない。
我慢ができずに俺は、思い切り笑ってしまった。
思うに、好きと嫌いは、同じくらいの感覚だ。
どっちでもなければ、言葉にもしない。
だから嫌いでも、俺の名前をつぶやいてくれたことが、妙に嬉しくてたまらなかった。
「本郷さん、本郷さん」
嬉しさのついでに、少ししつこく聞いてしまった。
同じことを繰り返したということは、俺も十分に酔っている。
いや、酔っているからこそ、なんでも聞けるのだ。
こんな機会は、今日だけかもしれない。
「本郷さん、俺のこと、ほんとに嫌い?」
勢いで、三回も聞いてしまった。
俺も、どうしようもない酔っぱらいだ。
「……す……」
本郷さんは、小さく答えて、ガクリと頭を落とした。
語尾が消えて、最後まで言ってくれなかった言葉なのに、きちんと俺に届いた。
「……俺も、同じかもしれないよ、本郷さん」
不思議で、興味深い。
気がついたら目の前にいる。
楽しく食べて、楽しく飲める、そんな人を、嫌いなわけがない。
力いっぱい手を伸ばして、眠る本郷さんの顔に触れた。
そっと、頬から顎から、撫でてみる。
触れた先から、しびれるかと思った。
「お連れさま、大丈夫ですか?」
「!」
女将さんに声をかけられて、慌ててそこにあった、飲み干したグラスを掴んだ。
伸ばしていた手を、なんでもなかったように誤魔化す。
改めて、心臓がドキドキしていた。
今のは、酔った冗談だ。
俺は、本郷さんなんて触ってない。
何も言っては、ない。
「ああ、すいません。もうちょっとだけ、このままにしておいてもらえますか? すぐに目を覚ますと思うんで……」
お連れさま、と言われてしまった。
本郷さんは、俺の連れだったのだ。
飲み仲間でも、友達でもなく、連れ。
急に親しくなった気がする。
「……さて、と。先に出るか……」
このまま、目を覚ますまで本郷さんを見ていたかったけれど、俺自身が、どんな顔をしていたらいいのかわからない。
会話だって、思いつかない。
今の、心臓が跳ねたままでいることは、さすがに無理だ。
「勘定、一緒にお願いします。あと、目が覚めたらアイスクリン、出してもらってもいいですか? ここの、すごく美味しいって評判だから……」
甘い俺の気持ちは、酔い覚ましのデザートに込めておく。
目が覚めた本郷さんは、意味がわからずに悩むだろう。
俺に言ったことだって、覚えてないだろうから。
その姿を見ることが出来ないのが、今日一番の心残りだ。
「……同じ、か……」
何気なくつぶやいてしまった自分の答えを、今になって思い返して、一気に酔いが回ってしまった。
落ち着いて、また本郷さんと飲むことにしよう。
深く、深く、フードをかぶり直して、慌てて店を後にした。