積極的に更新する予定だったのに、あっという間に時期を外してしまった「七夕」もの。
この人たちは、結構頻繁に顔を合わせているようなので、七夕は関係ない……んだけど、やっぱり絡めたいのが萌え心。
短い小話です。
今日は七夕。
なんて、ちっとも意識してなかった。
歩く先で目につく笹と、短冊で、思い出したようなものだ。
子供が願いごとを書いて、嬉しそうに飾っているのはいい。
大きくなったら、サッカー選手にでも、社長にでもなればいい。
「……俺なら、何を願うかな……」
大金が当たりますように、と。
美女に囲まれて、ウハウハできますように、と。
「もちろん、力石を打ちのめすことができますように、だろ。な」
一人で呟いて、一人で納得した。
今、短冊があるなら、これを書いてもいい。
通りから少し離れた路地を曲がって、目的の店に着いた。
七夕といっても、特別なものを食べるわけじゃない。
今夜は焼き鳥を楽しみにしてきた。
足が踊ってしまう。
焼き鳥はいい。絶対にいい。
そしてビール。
たまらない。
「よう、本郷さん」
膝から力が抜けるというのは、このことだ。
どうしてこのタイミングで会ってしまうのか。
「……やあ、力石……」
「ここ?」
「お、おお……おまえ、も?」
「そう。今夜は焼き鳥の気分でね」
同じことを考えている。
思わず睨みつけてしまった。
力石は、気にもしない。
「本郷さんと、七夕に会うのも縁だな」
「……冗談。俺たち、よく顔合わすじゃないか。あいつらは一年に一度だぞ」
「ハハハ、雨が降ったら会えないんだっけ」
力石が笑いながら店に入ろうとしたので、慌てて俺が先に出る。
俺の後に入ってくるのなら、許す。
「いらっしゃい、あ、まいど」
店主の声は、力石に飛んだ。
悔しい。
「……よく来るんだ?」
「時々。ここの焼き鳥、本当に美味しいんだ」
なんとなく、カウンター席に隣り合わせて座るより、奥のテーブルを選んだ。
力石は、俺の向かいに座る。
俺も腰を下ろしてから、気がついた。
挟んだテーブルが、天の川みたいだ。
「うわ……何、考えてるんだ、俺」
「どうした? ビールじゃダメだった?」
「あ、いや、ビール。絶対にビール」
謎の想像を打ち消すように、ビールを連呼してしまった。
今夜のビールは、一口目だけじゃなく、二杯目も美味かった。
力石の言うとおり、とにかく焼き鳥が美味すぎる。
「本郷さんは、願いごととかある?」
「ん? そりゃ、り……」
「え?」
危ない。
酔いにまかせて、本人に、打ちのめしてやると、告げるところだった。
「もちろん、大金が当たりますように、だよ」
「夢がないなあ」
「そういう力石は?」
「別に。願いごとなんてないし」
意外な答えだった。
真面目な顔で、力石はつぶやいて、ビールを飲む。
俺もつられて、一気に飲み干した。
「おまえこそ、夢がなさすぎるだろ」
「ま、そんなことを願ってる間があったら……きたきた」
焼き鳥の串がテーブルに届いた。
本気でいくらでも食べられる。
「さ〜さ〜の〜は〜、た〜なばた〜……っと」
「……何?」
しまった。
気持ちよく酔ってきたのと、焼き鳥の美味さに、うっかり歌ってしまった。
串を持った手が、恥ずかしくて震える。
「よ、酔ってないぞ。俺は、別に酔ってないからな」
「いや、今、歌詞が違っただろ?」
「へ? 俺は昔からこう歌ってるぞ」
「さらさら、じゃなかった?」
ささのは、さらさら?
俺は今、たなばた、って歌った?
あ。
真剣に言い間違えた。
冷静な力石に対して、酔った勢いとはいえ、もう訂正ができない。
「……たなばた、だ」
「だから……」
「さ、力石も焼き鳥、食べろよ。俺が全部食べてしまうぞ」
わざと串を複数とるふりをして、強引に、押し切ってやった。
俺の手を見ていた力石も、納得したのか、少し笑って、俺から串を奪い取る。
追加の焼き鳥も注文済みだ。
「そろそろ冷酒、いこうかな……」
「よし。俺も」
一年に一度。七夕くらいは、力石の真似をしてやってもいい。
そのかわり、俺の願いが叶いますように。
「……一年に一度じゃなくてよかった」
「ん?」
「焼き鳥は美味いし……願いごとなんてないけど、こういうのはいいな」
夢のない力石が笑う。
焼き鳥は美味い。
そこに夢を求めても、いいんじゃないだろうか。
「ああ。七夕は、美味いな」
俺は、派手に言い間違えた。